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――時代は移り変わっても、人の営みだけは変化することがない。
オリオン腕七分外縁、人類の母なる星系――その辺縁部に、数隻の航宙機母艦が人知れず配備されていた。
艦載機はS-115AとS-113Dの混成部隊。
それは言うまでもなく、彼女が生み育てた子供たちの末裔であった。
その彼女は今、旗艦「マザーグース」のカタパルトデッキ内部にいる。
辺りは、出撃前独特の緊張感と慌ただしさによって包まれていた。
各機の兵装と駆動モードを、大慌てでチェックしているデッキオフィサー。
電磁カタパルトが低いうなり声を上げ、キャパシタのチャージ反応がテストされる。
P.O.D.ヘルメットを装着した後も、なおも作戦の確認に余念がないパイロットたち。
フライトコントロールルームからは前方宙域や発艦シーケンスに対する細かな指示が、それこそ秒単位で飛んでくる。
アタッカー機のひとつへと、黒髪の勝ち気な目をしたまだ若い青年パイロットが乗り込んでいった。
タスクオープンまで、もうそれほどの時間もない。
彼女もまた、最終調整を終えたパスファインダー機のコクピットの中で顔を上げると、独白するようにして呟いた。
「結局、私のしたことは、いったい何になるのかしらね……」
研究者としては、確かに充実に満ちた毎日だった。
自分の手が確実に新しい時代を切り開いているという実感は、それこそ全ての研究者の理想とすら言えるものだったのかもしれない。
目に見える成果もある。
私が開発した機体と共にアウトレンジ・アタック・リポートは大いなる戦果を収め、第2世代以降のU.G.S.F.の基本戦術として認められた。
また、その後の弛まぬ努力で観測航宙の低消耗性と安全性は更に高まり、かつては航宙機乗りの戦死の原因の7割を占めるとまで言われた作戦宙域外での遭難と事故死を、ほぼ半減させることにまで成功したのである。
……だが、少なくとも、私の生み出したものが全ての人を幸せにできたわけではない。
それはきっと、当然のことだ。たとえどう言いつくろったところで、それが誰かを殺すためのシステムであることには違いないのだから。
パスファインダー機のO.R.B.S.コクピットは、彼らのサイズに合わせた特別の仕様となっている。
人間用の梯子を使って外に出た後、彼女は中にいるパイロットへと向かって語りかけた。
「……特にあなたたちにとっては、私は死神のようなものでしょうしね」
「あれ。ひょっとして、キミは後悔しているのかな?」
その質問に微笑みだけで答えると、彼女は気密ハッチを閉じてやる。
バンドウイルカである彼らに、表情筋へと相当するものはない。
それでも彼女は、そのとき、確かに笑い返されたように感じていた。
――実のところ。
後世において、彼女の功績はパスファインダーシステムの提唱者としてより、U.G.におけるE.S.P.能力の潜在的な可能性へと最初に目を付けた研究者として、広く知れ渡るようになる。
意図的なものではなかったにせよ、暗黙のうちに出来上がっていたこの国家の「壁」を打ち崩した彼女の研究は、E.S.P.研究分野の全体を一度は瓦解寸前にまで追い詰めた。
だが、それによって、狭い視野で長らく凝り固まっていた学会は完全に生まれ変わり、U.G.全体のE.S.P.認識そのものにまで変革が生まれる。
そして、その潮流はU.G.におけるE.S.P.インターフェースの完成型であるDDXT-TP(直接型ディアスタシオン通信方式)へと繋がり、E.S.P.能力者が絶対的に不足し続けたU.G.にとって、それは未知のE.S.P.技術に富んだ他文明兵器を理解するための、最後の頼みの綱となるのだ。
やがて来る非公式作戦オペレーション・ブルーウォーター。
唯一の“パーフェクト”ことスタインウェイ少将が、外宇宙からの飛来者シオナイトより授けられた超兵器ソルバルウを部分的にでも稼働させることに成功し、結果としてあの「水色の星」へとU.G.の未来を託すことができたのも、ともすれば、彼女の存在なくしては有り得ない奇跡だったのかもしれない。
だがそれも銀河という枠組みの中においては、ほんの小さな渦でしかない。
そこにいる人々の想いなど当たり前のように無視して、新宇宙の秩序は、非情に――そして雄大に流れていく。
「これより、発艦シーケンス最終確認に入ります。イグナイトポイントまであと06秒。3……2……1! イグナイトポイント到達を確認。第1射出良し」
「こちらデルタ1パイロット。フライトモードへと移行、射出良し。いいぜ、いつでもやってくれ」
「デルタ2、射出良し」「デルタ3、同じく」「デルタ4、以下同文」
「……もう、みんなして面倒くさがりだなぁ。PF1、M-44563チーム編隊長よりフライトコントロールルームへ。全機パイロットのバイオステータス、オールグリーン。すばる12度方向へとタスクゼロから相対距離5200C.L.まで、有意な遮蔽障害物が無いことをこちらでも視認。射出良し」
「フライトコントロールルームよりM-44563チーム編隊長。了解。全セクション足並み良し。アボートモードOFF。射出開始。タスクオープン開始まで、あと15秒。14……13……」
セーフティバリアへと足を踏み入れた後、彼女は一度だけ振り返った。
目の前では、彼女が思い描いた通りの銀色の剣が、そのままの姿で動いている。
胸へと自然に沸き上がってくる、この誇らしい感情。
それだけは、彼女にもごまかすことなどできはしない――。
「……2……1、カタパルトイグニッション。第1次戦闘群、タスク開始」
電磁カタパルトの拘束が、鈍い金属音と共に解放される。
同時に全力運転が開始されるディアスタシオン=フィールド=ドライブ。機体の後方に備え付けられたD極板の先で、青色に歪曲した空間が、一瞬にして数倍の長さにまで引き伸ばされる。
励起状態の推進器が奏でる高周波音。
鳴り響く警報。
イグナイトの瞬間、電磁カタパルトが破裂にも似た音を立てる。
そのどれにもかき消されることはなく、最後にその名が、高らかに虚空へと響き渡った。
「――――ジオキャリバー2小隊、発艦します!」
- now, the true order for new space was revealed !
- continue to next operation,
Link-of-Life
and "GRAINEON".
(終)
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