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これまで帝國との戦争は、敵の攻撃を星系外縁で迎撃するという、主に防衛戦の構図を取っていた。
だが、徐々にそれでは立ち行かなくなっていく。
特に敵艦の兵装から光線砲が減り、U.G.S.F.では旧式兵装として認識されていた実体砲弾――恐るべき事に、タキオン物質の特性を利用した超光速の物理弾頭である――への変化を見せるようになってからは、敵の攻撃は一気に激しさを増した。
従来の戦艦・護衛艦を主体とした砲雷撃による防衛線だけでは、そのうち確実に崩壊することになるだろう。
それは、もはや誰の目にも明らかな現実となって迫っていたのだ。
現在のU.G.S.F.が、帝國の領星系へと直接攻撃を仕掛けるメソッドの確立に躍起になっているのは、おおよそこのような背景による。
これは消極的な反撃ではなく、積極的な防衛のための戦略である。
こちらからの攻撃を常に意識させ、帝國の安易な攻勢を封じ込める。
ただ、それだけが目的だった。
――U.G.S.F.がこうまで明確に防衛戦へ傾倒しているのは、何も全てが軍事的な理由によるものだけではない。
設立当初から、この組織は内部にも大きな問題を抱えているのだ。
U.G.S.F.はゼネラルリソース社、ニューコム社の2社を筆頭とした、多数の民間企業の出資によりまかなわれている軍隊である。それ故、オペレーションの発動や帝國の新兵器の出現は、むしろ新たな市場として喜ばれている傾向があった。
新たな戦艦や兵装を用意する必要に迫られれば、それだけ企業の利益は上がる。
適度な防衛戦を繰り返し、この「良質な市場」を長引かせることを、彼らは水面下で要求してさえいたのだった。
かく言う私も、ニューコム社からの出向研究員としてこの場所に研究室を置いている。
中央司令部が直属の戦術考案委員会へと新戦術の立案を発令したとき、会社は即座にその戦術に対応した新型航宙機の開発を命じてきた。
E.S.P.研究に異常に固執するうちの会社としてはおかしな話だとも思えたが、その疑問はすぐに解消されることとなる。
ライバル企業であるゼネラルリソース社が、既に同じ案件へ着手していたのだった。
……本当に、呆れるような話ばかり。
けれど私にとっては、そんな裏の思惑など、初めからどうでもよかった。
新カテゴリ艦である航宙機母艦と、編隊単位での長距離観測航宙を可能とした航宙機群による、敵艦の射程外からの超長距離打撃戦術――
通称『アウトレンジ・アタック・リポート』
その話を耳にした瞬間、私はジオシリーズをベースとした機体を採用することを決めていた。
ジオシリーズは、それまでの航宙機と異なり、初めから人類社会の危機となる外敵迎撃のための機体として設計・建造された機体だ。
知りようのない敵の装甲特性を力ずくで破壊するため、小型航宙機としては異例な巡洋艦クラスに準じるほどのアタックパフォーマンスと、敵の攻撃をその0.17ms前には確定して予測できるだけの戦術情報処理性能――そして、既知の弾種であればほぼ瞬間的に最適な形状・性質の防護幕を最大16層まで同時展開できるだけのフィールド出力を誇っている。
生産コストとパイロットに要求されるスキルの高さにさえ目をつぶれるならば、おおよそ非の打ち所のない機体と言っても良いだろう。
もし、この機体をアウトレンジからの攻撃に用いることができるのであれば、これまでに前例がないほどの戦果が見込めることは明白だった。
ジオシリーズは、もともとゼネラルリソースが開発している機体である。
しかし彼らは、今回の案件からこの機体の採用を外していた。
ジオソードのように数機で1個編隊を構成する航宙機ではなく、より大型の、単機で数個編隊分の扱いとなる高性能戦闘艇でなければ外宇宙運用はままならない。彼らは、そう結論付けたのだ。
私は、あらゆる手を尽くしてジオシリーズプロジェクトを拾い上げた。
当然ニューコムからの反感も大きかったが、最終的には受け入れざるを得なかった。
ことハード面での技術では、ニューコムはゼネラルリソースに大きく水を開けられている。我が社の機体をベースとしていては、彼らに張り合える航宙機を作ることなど、初めから不可能だったのである。
そうして私は、形だけはゼネラルリソースとの共同開発の姿勢を取り、専門分野であるE.S.P.インターフェースの技術を応用した、ジオシリーズの新たな可能性を模索していた。
……確かに、いかに優れた性能であれ、戦場にまで辿り着けないのでは意味がない。
リポートを想定した際におけるジオシリーズの問題点は、何と言ってもエネルギー消費量の一言に尽きる。
内宇宙専用の迎撃機として設計されたジオシリーズは、射出から帰艦までにせいぜい2000C.L.も飛べれば十分だったのである。
想定する航続距離を絞り、余ったエネルギーの大半をフォトンレーザーや防護フィールドに注ぎ込むことで、ようやくあの性能が実現されているわけだ。
解決のためのアイデアならば、既に私の頭の中にあった。
パスファインダーシステムと名付けたこの戦術運用形式では、長距離航宙性能と、狭い宙域内でのマックスパフォーマンスという互いに矛盾する2つの要求仕様を、それぞれ別個の機体として完全に切り離してしまう。
すなわち、小隊毎に専用の先導機(パスファインダー)を用意し、トラクタービームによって他の機体を作戦宙域まで丸ごと牽引させてしまうのだ。
このパスファインダー機は、戦闘装備を一切持たない。
代わりに、無観測宙域・未踏破宙域でも最大巡航速度での移動が可能なほどに、情報収集能力へと特化させる。
広範囲三次元走査タキオンレーダー、重力レーダー、次元粒子密度感知センサー、ターゲットイメージ認識用光学センサー。
また、戦闘装備を切り捨てたことで増えた余剰出力は、通常空間において攻撃機6機を牽引させるだけの出力が十分に期待できる。それどころか理論的には、使用回数さえ限定すれば小隊ごとの短距離ハイパードライブすら実現できる計算となるのだ。
この方式により、小隊の全攻撃機は一切のエネルギーを消費することなく、完全なオートパイロットによって作戦宙域まで移動することが可能となる。
更には、パスファインダーシステムのメリットは、それだけに留まらない。
攻撃機のパイロットに対しては、作戦宙域までに要する数日間を簡易人工冬眠状態にすることで、深宇宙戦闘でありがちなオブセッション・パニックを回避することもできるだろう。
地味ではあるが、予定戦力を常に数字どおり発揮できる部隊というのは、実際のオペレーションにおいては実に有用な存在となる。
矛盾する要求を解決しながら、どちらの長所をも殺さない画期的な提案。
……少なくとも、私も当初はそう考えていた。
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