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問題はパスファインダーパイロットの生体的な理由による、情報処理能力の限界にあった。
パスファインダー機に送られてくる情報は、同じ編隊のアタッカーたちとは比較にならないほど多い。
作戦宙域までに通過する広大な宙域の走査観測と解析、その結果によるリアルタイムでの航路修正。そして、ショートレンジハイパードライブ・光速・亜光速・準光速・通常航宙速の5タイプが入り組んだ、複雑怪奇なまでの航宙スケジュール調整。
実際の宇宙戦闘では数時間程度で移動できる作戦宙域はほとんどなく、通常はタスク・ゼロと呼ばれる作戦基準座標から数日をかけて攻撃目標にまで到達することになる。
その間、パスファインダーパイロットは、不眠不休でこれらの処理を続けなければならないのである。
20日までの長期的な継続覚醒そのものはタスク開始時刻直前までの圧縮睡眠によって実現済みだが、肝心の航路調整作業による脳活力の消耗だけはごまかせない。
それを私は、民主連邦の中でもようやく実用化が始まった新技術であるE.S.P.によって解決できると考えた。
E.S.P.とは、ニューコム社の執拗な売り込みによりU.G.S.F.内でも近年になってようやく浸透してきた、人間の見えざる第3の手、そして目であると言える。
――かつて、次元粒子ことディアスタシオンの研究が台頭するに従い、私たちの認識する世界の構造式は、かつての量子力学台頭時以上に変容した。
存在の保存則を4次元空間にまで拡張するこの粒子の存在は、宇宙開発において飛躍的な進歩を実現させることになる。
たとえば次元界面の下を潜る潜宙艦の存在なくしては、現代の宇宙戦術論は成り立たない。
普段の生活に於いてさえ、バリオン物質の星間リンク伝送技術ことスターライン・システムが無くては地球型惑星以外での居住など考えられもしないだろう。
やがて、その理論は生物学の分野にまで影響を与える。
驚くべき事に、人間の脳の中でディアスタシオンの活動の痕跡が発見されたのだ。
旧皮質周辺に観測された次元断崖、d-hole。
それは我々が滞在している空間のひとつだけ上位、すなわち4D.へとアクセスし、3次元概念の相互干渉を行っていることが確認された。
これにより、オカルトとして語られていた人間の未知の性能――「虫の知らせ」「第6感」「奇跡」といったものは全て、E.S.P.として公然と認められるに至った。
研究が進んだ結果、その言葉の意味も再定義される。従来の意味合いであった「超感覚 (Extra Sensory Perceptio)」に、同じディアスタシオン制御による人為現象としての「念力 (Psycho Kinesis)」を包括し、統合して「拡張特殊思念能力 (Extended Special Psychic-power)」――すなわちE.S.P.である。
この新しい人間の可能性は、過去の常識を覆す可能性を秘めたファクターとして、産業の種類を問わず大いに期待されていた。
――深夜の研究棟。私は誰もいない部屋の中で、一心にモニタの機体を見つめている。
部屋の明かりはついていない。
そんなことをするだけの余裕すらも、私の中からはもはや完全に消え失せていた。
もう何度目になるかも分からないシミュレーション結果を見て、私は口の中で舌打ちをする。
……問題となるのは、人によって処理するしかない最後の部分。
ソフトウェアで絞り込んだ数千程度の障害物に対する、視認識別の負荷だけなのだ。
外宇宙という膨大な距離単位を考えるには、光速という限界はあまりにも遅すぎる。
その問題を解決するには通常空間を介さない観測システム、すなわち高レベルのE.S.P.インターフェースの存在がどうしても欠かせなかった。
またE.S.P.による識別であれば、脳神経細胞を電気信号が経由することによる、情報処理速度の物理的な制約もない。
実際、私たちの研究は、数少ない遠隔視能力保有者を用いての実験であれば、ほぼ完全にシステムを稼働させる段階にまで辿り着いていた。
だが、運用を想定される一般的なE.S.P.保有者を用いての実験では、いくら能力を拡張させたところで、どうしても肉体ではなく精神の方が先に限界を迎えてしまう。
どれだけシステム側の改良を加えても、その根底部分の解決策は見えてこなかった。
……いや、理論的には何も問題はないはずなのだ。
脳のサイズは、個々人ごとにさしたる差があるわけでもない。
つまり潜在的なスペックについては誰であろうと足りており、適合者とそれ以外の違いとはオープンしているチャンネルの違いでしかない。
扉があることは分かっている。
足りないものは、それを開く鍵だけであるはずなのだ。
だがそれは、生物の根幹を覆す鍵でもある。
どこまで科学が進歩したところで、人間が人間という枠から外れることなど、できはしない。
我々の脳は、本来はそうした使い方をするためのものではないのだ。たとえE.S.P.で感覚を拡張することはできても、本来の視野を大幅に超える視覚情報は処理できない。
ましてや、多くの人間の空間認識は2次元世界の上で閉じている。
当たり前だ。人間は、しょせんは地に足をついて生きる存在でしかない。
宇宙を泳ぐための本能など、元より我々が備えているはずもないのだ。
それとも私に、人間の設計図をゼロから引き直せとでも言うのか!
「なら、いったいどうしろって言うのよ……」
私は机の上に顔を伏せる。
モニタの中では、もはや見慣れたエラーメッセージが躍っていた。
正直に告白するのであれば。
私の研究は、もはや完全に行き詰まっていた。
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