(最初から見る)
「エンゲージ。ターゲットの最終確認を、目視にて完了。これより攻撃機動へとシフトする。全機、基準旋回半径を28.4kmに設定。アローフォーメーションの維持を忘れるな。――俺に続け!」
銀影の編隊が理想的な多面体陣形を保ったまま、敵機上方へと翼を滑らせていく。
まるで教本をなぞるようなハイサイド・アタック。
オートとマニュアルの両操作をナノ秒単位で切り替えることで生まれる、幾何学的な接近機動。
虚空に閃光を描きながら、私の銀の剣たちが眼下に見える赤い巨体へと向けて振り下ろされる。
擦れ違う互いの機影。
一瞬の間を置いた後、敵航宙艇の上面にあった砲座のひとつが爆発する。
同時に、研究室の中からは大きな歓声が沸き上がった。
「よしっ! 主任、英雄機ジオシリーズの機動性は今の時代も健在ですよ! あのデカブツ、同時17方向までの射線であれば、どんな機動をされても確実に抗弾可能とか豪語していたんですよ? それを、ただの2個編隊で!」
唾をまき散らして叫ぶ青年を尻目に、私は腕を組んだまま目の前の大型スクリーンを見つめていた。
そこに映し出されているのは、今はまだ現実には存在していないはずの機体、開発コード『ジオソードa2』の勇姿である。
それはFEDCON-5上に構築された、ただのC.G.映像に過ぎない。
ただし、スターライン技術によって5惑星に分散配置されたその巨大グリッドコンピュータで表現されるものは、単純な見た目だけではなかった。
現時点までのシミュレーションデータを元に、完成時のパフォーマンスをある程度まで正確に予測し映像化した、言わば「最も現実的な仮想未来」。
ともすれば、今ここに映し出されている映像は、これから待ち受ける私の運命そのものであるのかもしれなかった。
そうして見ている間にも、ジオ編隊は外側から取り囲む形で敵――文字通りの敵だ、競合相手であるゼネラルリソース社の試作航宙艇、開発コード『ドラグーンG5DSb』――を繰り返し翻弄し続ける。
艦載航宙機同士の戦闘は、極論すれば互いの情報の喰らい合いだ。
敵の機動を予測し、その回避先へと当たるように射線を動かす。敵がまたそれを予測し、こちらは更にその変更まで予測した修正パラメータを自機のF.C.S.へと打ち込んでいく。後は、その繰り返しだ。
『ジオソードa2』は、攻撃機の6機がリンクして情報収集を行う「立体補完機動予測」を実装予定に挙げている。
単純な目の数で勝る彼らは、少なくともこの点においてはドラグーンシリーズに負けることなど有り得なかった。
敵は確実に小さな被弾を繰り返し、継戦能力を示す赤いゲージは徐々に短くなっていく。
となりの彼は、その度にまるで子供のように無邪気で純粋な声を上げる。
私は、その横顔をどこか冷めた視線で眺めていた。
……彼は良い研究員ではあるが、決して良い司令官とはなれないであろう。
戦闘においては、消耗と損害は明確に区別をつけなければならない。
たとえ砲座をいくつ潰し、敵の戦力を削いだところで、それだけで勝敗は決まらない。
あらかじめ予定されているダメージなど、初めから戦果と呼ぶことはできないのだ。
敵は、攻撃予測に専念してシールド防御するのが精一杯。そう見える。
だが。
「――やはり、ダメね」
「え? ……ああっ!?」
爆音。
それまで銀の軌跡を描いていた航宙機の一機が、煙を噴きながら編隊を外れる。
直進のまま恒星の重力域へと捕まり、そのまま落下、――蒸発。
続いて別の1機がコクピットを直撃され、即座に宇宙の塵と化した。
『ジオソードa2』の命綱である立体補完機動予測が、明らかな誤差を生んでいる。
回避したはずの敵弾が、わずかに機体の端をかする。
同時に、こちらが行う砲撃の回数も減っていた。
ステータス表示を見るまでもない。ツインビームカノンへのエネルギー供給量が激減しているのだ。
その結果として、1機、また1機と、まるで自ら飛び込むかのようにして『ドラグーンG5DSb』の荷電粒子砲の網へと捕らわれていく。
一転して静まる室内。
何が起こっているのかは、彼らにも痛いほどよく分かっているはずである。
今回のシミュレーション戦は、ゼネラルリソース社からの要請により、できるだけ現実のオペレーションに近い条件下での戦闘となっている。
言うまでもなく、こちらの外宇宙運用機能が思わしくないことを見越した上での申し入れだろう。
パスファインダーシステムの調整を繰り返した結果、戦闘宙域までの移動に伴う各攻撃機の消耗を4割以下にまで抑えることには成功した。
だが裏を返せば、それはわずか6割の稼働率で戦うことを意味している。
その不利を全機能のオーバードライブ――反応炉への負担を更に激しくすることで補っていたジオ編隊は、僅か17分の戦闘で、既に戦闘行動へと回せるだけの余剰出力を完全に喪失していたのである。
奇襲気味のファーストアタックで敵のエンジン部に致命的な損害を与えられなかった以上、これはあまりにも明白な結果であった。
画面へと非情に浮かび上がる、GAME OVERのメッセージ。
みんなの顔に、落胆と失望の色が広がっていた。
「……やはり、単機での観測航宙性能を強化するしかないんじゃないですか?」
誰かが、ぼそりと呟いた。
応じるようにして、次々と声が上がっていく。
「それより、やはり複座にして単位時間あたりのパイロット性能を上げないと……」
「1個小隊ごとに1500M.P.オーバーのt-E.S.P.保有者を何名だ? ある意味、初期型よりも高コストな機体になるぞ」
「リモートハイパードライブ案の見直しはできないんでしょうか。これでは、撃墜されるために作戦宙域まで出向くようなものだ」
「そもそも、内宇宙専用機であるジオシリーズを採用したこと自体が間違いだったんじゃ……」
――――バンッ!
室内にいた全員が、一斉にこちらへ振り返る。
私は、両手を打ち付けた机の前でその全員をにらみ返しながら、自分でも不思議なほど荒げた声を張り上げていた。
「今さら、できないことをグチグチ言わない! これは、ただのシミュレーション戦よ。今は後ろを振り向くより、現行のシステムを最大限に活かす方法を考えなさい!」
言葉を返す者はなかった。
誰もが、ふいと視線を逸らし、そのまま無言で退室していく。
私は一人残された研究室で、偽りの星空に漂う機体の残骸を眺めていた。
ただのデブリと化したC.G.に、かつてあった英雄機の面影はどこにもない。
たとえようもなく哀れだった。
そしてそれは、紛れもない私の責任であることをかみ締める――。
|